闇鍋つつこう

実家から離脱した毒親育ちが毎日奮闘しているブログ。

性加害と虐待のトラウマ

女特有の月一のアイツが始まったせいか心のざわつきが治らない蛍です。

今日は自分の心の整理も兼ねて告白をしたいと思います。

念のため注意を出しておきますがこの記事は

『性被害』と『虐待』を主題とした記事です。

苦手な方は即ブラウザバック推奨。

私も最後まで書き切れるかわからないくらいトラウマ( ;ᵕ; )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に断っておくが別に直近で性加害にあったとかそういうわけではない。

リエゾンという漫画を読んでいたら長年の疑問がまた顔を出したのだ。

本当はカウンセリングとか受けてきちんと治療しないといけないんだと長年思っているが過去に失敗した経験もあって対面で話をすることに恐怖感がある。

 

幼少期から性加害・性被害にまあまあ遭っていたが大人になった今でも年1はある。学生の時は数週間のうちに立て続けになんてこともあった。

でもしっかり憤りを覚えたり泣いたり感情を発露できるようになったのはここ数年の話。

20代の頃くらいまで漠然とした不安感を『性への好奇心』や性倒錯などに変換して相殺しようとしていた。当たり前だが根本的に向き合っているわけではないので耐えきれず自暴自棄な行動をしていたし俗にいうヤバいメンヘラ女状態だった。

今の夫と紆余曲折ありセックスレスになるくらい性に興味がなくなり初めて自分の本当の感情を自覚できた。

 

1番目だと思っていたのは4歳~5歳の時

保育園に通っていた頃、夜は離婚して夜職を始めた母が私の世話を友人に頼み預けられていた。

その家には3人子供がいて私と同じ年の女の子と大学生のお姉さん・小6の男の子がいた。この小6に夜な夜な性的な悪戯をされていた。

最初は親がいない時にアダルト系の雑誌を見せられたことがきっかけだったと思う。正直よくわかってなくて茶化していたがその日の晩から寝る時にベッドの中に連れ込まれたりするようになった。

くすぐりあってるくらいにしか思ってなかったと思う。拒否したり茶化したりすると叩かれたりしたから怖くてなんとなく従っていたけど子供ながらにヤバい状況なのは多分わかっていた。

その家には同い年の女の子もいて仲良くしていたがその子と代わりばんこでやられていた。

ある日の晩、パジャマと下着を降ろされおそらく指を入れられた。下半身に鋭い痛みを感じてさすがに怖くなりそれから理由を明かさずその家に行きたくないことを訴えて距離を置くことができた。

理由を知らない母はさぞうんざりしたことだろう。

 

数年後に自宅にこの家族が来る事があったが向こうも何も言わなかったので特に何かされることもなかったが内心『また何かされるんじゃ…』と怖くて仕方なかった。

よくわからないけど不快なことや他人に明かせないモヤモヤを抱えつつ小学生になってこれがどういうことだったのかの興味の方に移り学校の図書館で保健体育の本を読んだりしてなんとなく行為の事はわかってそのまま蓋をした。

それでも年齢が上がるに連れてそれがどういうことだったのかをわかるようになって感情が追いついてから完全にトラウマ化してしまった。

今でも忘れられたらどんなに良かっただろうと思う。

 

 

ただ、これはインパクトが強すぎて1番目だと思っていたことで実は最初ではないんじゃないかと考えている。

 

頭をよぎっている3歳~4歳の時の記憶

離婚する前の父親だ。

たびたび母と喧嘩していた記憶しかないが何時だったか近所のビジホに泊まったことがあった。

断片的な記憶の中で裸にされベッドに寝かされた。何故か父親も裸だった。

不思議に思った子供の自分が『なんで服脱ぐのー?』と聞いたことは覚えている。でもその後のことは覚えてないからなんとも言えない。

ビジホだし子供だから寝かしつけるのに適当な服がなく裸になった可能性が高いし私が知らないだけで父は裸族だったのかもしれないしね。

でも数少ない父の記憶の中でこれは長年疑問だった。風邪ひくから普通裸にしないよね?しなくない?

なにせ物心着く前の断片的な記憶だし

当の父親は離婚して行方知らずだし真相はわからないが最近このことを思い出すと違和感がすごい。

先述の1番目だと思っていたことと同様に断片的ではあるが妙に鮮明に覚えているのもそうだし、モヤモヤザワザワで心が落ち着かなくなるのだ。

 

高校生のときの母から受けた性的虐待

極めつけというかこれが一番キツイかもしれない。

今日みたいに冷たい雨が降っている夜中だった。17歳の時、母が夜の仕事を終えて酔っ払って帰ってきたのだがどうやら帰宅途中に不審者に遭遇したらしかった。怒り狂っていた母は既に最寄りの交番には行ったらしかったが不在で対応してもらえなかったらしい。これで余計に怒り狂っていたのでどうしたら宥められるものか考えたが結局無理でただ嵐がすぎるのを待って話を聞いていた。

しかし全然収まらないし詳細まで語りだそうとする。

聞きたくないと思い始めたのが態度に出てしまい母は更に怒り始めた。次第に『後ろからこうやってやられたんだ!』と胸を力任せに掴まれたりして不快感が迫り上がり早く過ぎることしか考えられなくなった。

ついに母は嫌がる私を押さえつけて『こうやったんだよ!!!!』

と下半身に手を伸ばしてきた。

あまりの恐怖に私は力いっぱい叫んだ。

たぶん後にも先にもあんなに叫ぶことはないんじゃないかってくらい叫んだ。

 

叫んで泣いて初めて母が我に返った。

 

『アンタもつらいことがあったんだね』などと言ってる母を内心そうじゃねえだろと突っ込んでいた。いま思い出しても震えが止まらなくなるのだが意外に冷静だったんだろうか。

オロオロとごめんね、ごめんねと謝る母をもう母とは思えなかった。

それ以前はそれでもお母さんだからとどこか慕っていた部分もあったと思う。

完全にもう母じゃない何かになった瞬間だった。

 

毒親という言葉が浸透して久しいがネット上にあるそういうコミュニティで同じような体験をした人を見たことがない。

娘が父親から・息子が母親からのパターンはそこそこあると思うのだが同性同士かつ直接的な話ってあんまり聞かない。私がおおげさなんだろうか。いつか同様の体験をした人に話を聞いてみたい。

 

 

 

 

こういう記憶がぐるぐるしてるせいなのもあってツラいことや苦しいことから逃げるように上京したり性倒錯してたんじゃないかと思う。上京する前から普通に恋愛なんかできていなかったけど。

実の親からされたことは一生忘れられない傷になってる。

親から受けたことが大きな足かせになっていることを年々感じるが死ぬまでこの苦しみを引きずるのかと思うと本当に気が重い。

自暴自棄になっていた頃のことを笑って話せるくらいになれたらいいのだけれど、こんな私といるせいか夫は性的なものに対する嫌悪感がすごくあるらしい。当然のようにセックスレスだし普通じゃない人生に巻き込んでしまったんだなと申し訳無さでいっぱいだ。

 

書き上げるまでに5日くらいかかってしまった。

本当につらかった。

読みにくいところが多々あるかもしれない。最後まで読んでくれてありがとうございました。